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岡山地方裁判所 昭和33年(行)7号 判決

原告 竹内寿賀子

被告 岡山税務署長

訴訟代理人 鴨井孝之 外三名

主文

被告が原告に対し昭和三二年九月一八日付でなした原告の昭和三一年度における総所得額を金四〇万八、四三〇円、所得税額を金七万五、八〇〇円とする更正決定は、総所得額について金四〇万八、三九九円を超える範囲において取消す。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、申立

一、原告の申立

「被告が原告に対し昭和三二年九月一八日付でなした、原告の昭和三一年度における総所得額を金四〇万八、四三〇円、所得税額を金七万五、八〇〇円とする更正決定は、総所得額については金一七万三、三九九円を、所得税額については金一万二、七〇〇円をそれぞれ超える範囲においてこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決を求める。

二、被告の申立

「原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決を求める。

第二、主張〈省略〉

第三、証拠関係〈省略〉

理由

一、請求原因(一)および(三)の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二、そこで昭和三一年度(昭和三一年四月一日から同三二年三月三一日まで)における所得額について検討する。

(一)  右年度における原告の給与所得が金二万九、七〇〇円、不動産所得が金六万九、九八〇円であつたことは当事者間に争がない。

(二)  被告は右年度において原告には、金三〇万八、七五〇円の譲渡所得があつたと主張するので考えるに、

1  原告の夫竹内常七がその代表取締役であつた興和産経株式会社が別紙目録(二)記載の建物を、また日野鶴右ヱ門が同(一)記載の宅地をそれぞれ所有していたことは当事者間に争がなく、しかして(諸証拠を-中略-)綜合すれば次の事実が認められる。

(1)  前記興和産経株式会社は金融等を目的とする会社で前記日野とは従前から金融上の取引があつたところ、昭和二九年八月中旬頃右日野はその所有する前記宅地を担保として同会社に対し金融方を申入れたが、知人で不動産仲介業者の枝松浩一を介して交渉した結果、同月一九日同会社は右宅地を金九〇万円と評価してこれを日野から譲り受けるとともに、同会社所有の前記建物を金五〇万円と評価してこれを日野に譲渡し、かつ同会社は右評価額の差金四〇万円を日野に交付することに話合が成立し、右宅地は同会社の所有に帰した。

(2)  ところが同会社はその頃経営状態が思わしくなかつたので、債権者の追及を免れる都合上右宅地の所有名義を同会社とはしないで、代表者の妻である原告のものとすることにして、その頃右宅地を、日野に対する前記金四〇万円の支払義務を付着させて原告に贈与することとし、その旨日野の承諾を得て同月二一日岡山地方法務局受付第一一三二〇号をもつて同月一九日付売買を原因とする日野から原告に対する所有権移転登記(中間省略)がなされた(原告が右宅地の所有権を取得したこと自体は当事者間に争がない)。

(3)  原告の日野に対する右金四〇万円の支払については、同月三一日旭殖産有限会社が日野に対する元利合計金二〇万四、〇八〇円の貸金債権にもとずいて日野の原告に対する右債権を差押えたので、原告が日野に代つてうち金一五万円を右会社に支払つて残債権の免除を得たほか残金二五万円については日野からうち金五万円の免除を得たうえ残金二〇万円を支払つて完済した。

以上の事実が認められるところ、これに対して原告は右宅地を日野から金一二〇万円で買受けたと主張し、甲第六号証(再調査請求書)および第九号証(日野鶴右ヱ門作成名義の念書)、乙第一〇号証(竹内常七および原告に対する質問てん末書)および同第一一号証(同じく質問応答書)、同第二三号証(昭和三二年(行)第一四号事件における証人河合佳子に対する尋問調書)および同第二四号証(同じく証人一瀬保男に対する尋問調書)にはそれぞれ原告の右主張にそう記載があり、また、甲第一五号証(乙第二二号証と同一の売買契約証書)には代金一〇〇万円をもつて売買がなされた旨の記載があり、さらに前顕甲第一二号証の二(昭和三二年(行)第一四号事件における証人日野鶴右ヱ門に対する尋問調書)には右宅地を金一二〇万円と評価した旨の記載があるほか、証人河合佳子、同一瀬保男、同竹内常七および原告本人は交々原告の右主張をうらづけるかのような供述をするが、右はいずれも前顕各証拠にてらしてとうてい措信できず、就中右甲第九および第一五号証中の各売買代金額部分については、証人十河および同日野の各証言からして、署名当時は空白であつたところ、後日原告側の何人かによつて事実と相違した記載がなされたのではないかとの疑すら存する。

しかして他には前記の認定をくつがえすにたりる証拠はない。

右認定の事実からすれば、原告は被告の主張するとおり金八五万円の対価をもつて右宅地の所有権を取得したものというべきである。(所得税法一〇条四項後段)

2  そして原告が昭和三一年一二月五日右宅地を滝内正高に売渡したことは当時者間に争がなく、しかして前顕甲第一二号証の一および三、乙第三、四号証、証人竹内常七の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第一〇号証(ただしその一部)、原告名下の印影が原告の印によつて押捺されたものであることについて当事者間に争がないから原告作成名義の部分は真正に成立したものと推定すべく(この推定をくつがえすにたりる証拠がないことは後述のとおりである。)その余の部分については証人滝内正高の証言によつて真正に成立したものと認められる乙第一号証同証言によつて真正に成立したものと認められる同第二号証に証人滝内正高、同十河志郎、同的場紀、同片岡貞男の各証言を綜合すれば次の事実が認められる。

(1)  原告は右宅地を金一七〇万円以上でなら売却してもよいと考え、前記興和産経株式会社の事務員十河志郎にその旨告げて買主の物色を依頼していたが、十河は昭和三一年五、六月頃知人の滝内が宅地を求めていることを知つて同人に対し右宅地を金一七〇万円で買わないかともちかけたところ、代金額の点で折合わず、この話は一時頓挫した。

(2)  しかしその後右の話は再燃し、その間に原告の夫常七の兄である竹内英男も仲介に入つて交渉した結果、同年一二月五日十河と滝内との間に金一七〇万円で右宅地の売買の合意が成立し、手附として即日金一〇万円を支払うことになつたので、十河は原告にその旨告げて原告から印鑑届のしてある印を借り受けたうえ、滝内方で同日付の売買契約証書(乙第一号証)を作成し、原告の氏名は十河が記載してその名下に右の印を押捺するとともに、滝内から手附として金一〇万円を受取つて、その旨記載した原告名義の領収証を作成交付し、右金一〇万円は同日原告に手渡した。

(3)  そして残代金一六〇万円はその数日後に同じく十河が滝内から現金で受取つて原告に手渡した。

(4)  ところが原告は翌三二年七月頃十河が右売買代金一七〇万円のうち金一〇万円を着服したとして岡山西警察署に告訴したが、証拠不十分で不起訴処分になつた。

右認定に反する前顕甲第一〇号証、同第六号証、乙第一〇、一一号証、同第二三号証の各記載部分および証人河合佳子、同一瀬保男、同竹内常七の各証言ならびに原告本人尋問の結果はいずれも前顕各証拠に対比して措信できず、他に右認定を左右するにたりる証拠はない。

なお原告は前顕乙第一号証中の原告名下の印影は十河が原告の印を勝手に押捺したもので右は同人の偽造したものであると抗争するが、原告の右主張にそう証人竹内常七の証言および原告本人尋問の結果は証人十河志郎の証言にてらして措信できず、他に原告の右主張を確認するにたりる証拠はない。

右認定事実からすれば原告が右宅地を代金一七〇万円で売渡したことは明らかである。

3  原告が右宅地につき日野から所有権移転登記を受けるについて金三万七、五六一円の登記費用を、また右宅地を滝内に売渡すについて金四万五、〇〇〇円の仲介手数料を各支出したことは当事者間に争がなく、しかして成立に争のない乙第一三号証に弁論の全趣旨を綜合すれば、原告の右宅地の取得および譲渡については他に控除すべき経費は存在しないことが認められる。

これに対して原告は右宅地の取得および譲渡について、ともに十河志郎に対する登記申請に関する書料および関係者の車馬賃・飲食代・日当等諸経費として各金一万円計金二万円を支出したと主張し、証人竹内常七の証言および原告本人尋問の結果中には右主張にそう部分もあるが、右はいずれも証人十河志郎の証言に対比してにわかに措信しがたく、他に原告の右主張をうかがわせるにたりる証拠はない。

4  そうすると原告の右宅地取得価額は前記取得価格金八五万円に登記費用金三万七、五六一円を加えた金八八万七、五六一円であり、その譲渡価額は前記譲渡代金一七〇万円から仲介手数料金四万五、〇〇〇円を控除した金一六五万五、〇〇〇円であるというべきであるから、法九条八号により右譲渡価格と取得価額との差額金七六万七、四三九円から金一五万円を控除した残金六一万七、四三九円に一〇分の五を乗じた金三〇万八、七一九円(円未満切捨)が昭和三一年度における原告の譲渡所得となる(被告は取得価額はその一〇〇円未満を切捨てるべきであるというが、その根拠はない)。

(三)  したがつて原告の昭和三一年度における総所得額は前記の給与所得金二万九、七〇〇円および不動産所得金六万九、九八〇円ならびに右譲渡所得金三〇万八、七一九円計金四〇万八、三九九円となる。

三、しかして同年度における原告の所得控除額は別表(一)の「更正決定額」欄記載のとおり計金一一万円であることは被告の口陳するところであるから、同年度における原告の課税所得額は右総所得額金四〇万八、三九九円から所得控除額金一一万円を控除した差額金二九万八、三九九円となり、右金額のうち一〇〇円未満の端数を切捨てた(旧国庫出納金等端数計算法五条)金二九万八、三〇〇円に対する所得税額を法一五条一項別表第一所得税の簡易税額表に従つて算出すれば被告主張のように金七万五八〇〇円となる。

四、してみれば、原告の昭和三一年度における総所得額を金四〇万八、四三〇円と、所得税額を金七万五、八〇〇円とする被告の本件更正決定は右認定の総所得額金四〇万八、三九九円を超える範囲で違法であるが、所得税額は右金額として何ら違法ではなく、したがつて、右更正決定のうち総所得額については金一七万三、三九九円を、所得税額については金一万二、七〇〇円をそれぞれ超える範囲においてその取消を求める原告の本訴請求は総所得額について金四〇万八、三九九円を超える範囲でその取消を求める限度で理由があるが、その余の請求は理由がない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条但書を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 柚木淳 井関浩 金野俊雄)

別表(一)(二)〈省略〉

目録〈省略〉

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